マダムHarukoのフランスレポート

世界遺産「フォンテーヌブロー宮殿」

2016.11.25 世界遺産,フォンテーヌブロー宮殿,フランソワ1世,アンペリアル・ショコラ,マダムHaruko


パリから南東60kmの郊外に位置するフォンテーヌブロー。人口1万5千人ほどの街ですが、ここはフランスの中でも“Ville Imperiale(王族の街)”と呼ばれ、歴代のフランス王が居住したという歴史を持ちます。
広大なフォンテーヌブローの森に囲まれるこの街には、先祖代々ここに住む生粋のブルジョワ階級のフランス人が多く、伝統を重視し古風な風土が今でも残ります。
その一方で、週末や余暇にはおしゃれなパリジェンヌが別荘に訪れ、地元のインターナショナルスクールに通う外国人も住み、多様な文化が共存する興味深い街です。

この街の中心に建つのが、世界遺産でありフランスで最も大きな宮殿、フォンテーヌブロー宮殿。もとは、王族がフォンテーヌブローの森で狩りをするときに利用していた屋敷でしたが、1528年にフランソワ1世が本格的な宮殿の建設にとりかかりました。
フランソワ1世はイタリアのルネッサンスアートを愛し、この建設工事のために、わざわざイタリアから芸術家の職人を召集したほどです。
フランソワ1世は、レオナルド・ダ・ヴィンチやラファエロの絵画や彫刻、タペストリーなど様々な芸術品のコレクターであったため、当時のフォンテーヌブローはヨーロッパ芸術の一大中心地となりました。この頃から、フォンテーヌブロー宮殿は、舞踏会など華やかな祝宴の舞台となり、まさに、「芸術の都」、パリの先駆けとなったのです。
舞踏会の広間
この宮殿は、その後の歴代のフランス王が、各々の時代に増築、改築を重ねた背景があり、1つの宮殿のなかで多様な建築様式が見学できます。
この宮殿を特に愛したのはナポレオン1世。「これこそまさに王の宮殿なり」と、フォンテーヌブロー宮殿を語ったといいます。そのナポレオンが、1789年、フランス革命で華やかな宮廷文化が覆され荒廃したフォンテーヌブロー城を、権威の象徴として再び君主のための館として復活させました。
ナポレオン謁見の間
この格式高いフォンテーヌブロー宮殿で、11月11日から13日の3日間、チョコレートのサロン、「Imeprial Chocolat(アンペリアル・ショコラ)」が開催されました。フランスをはじめ世界で一流のパティシエが集まる団体の「Relais Desserts(ルレ・デセール)」の会長、フレデリック・カッセルさんがこのイベントの発起人です。
会場には、14名の職人が作るチョコレートやお菓子がおしゃれに展示され、各ブースには黒山のような人だかり。その中でも熱心に説明に耳を傾け、試食を楽しむ人々の姿を見ると、さすが食を愛するフランス人と感心せずにはいられません。
会場から出てくる人達は、買ったチョコレートの袋を大事そうに抱え、満面の笑みです。私が訪れた初日は底冷えのする曇り空でしたが、皆の様子を見ていると心温まる楽しい気持ちになりました。
※フォンテーヌブロー宮殿までの行き方
【オプショナルツアーに参加する】
パリから日帰りで行ける、日本語案内付きのオプショナルツアーにご参加ください。
フォンテーヌブローとバルビゾン村観光ツアーのご案内はこちらから
【自分の足で行ってみる】
パリリヨン駅(Gare de Lyon)からSNCF(国鉄)の電車に乗り約40分、Fontainebleau Avon駅で降車。駅からバスで約10分です。